「ひまつぶし」は本当にもったいないのか。時間と“もったいない”を考え直す【第3回】

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はじめに:「もったいない」のに、なぜ時間は“つぶす”のか

「食べ物を残すのはもったいない」
「まだ使える物を捨てるのはもったいない」

私たちは普段、こうした感覚を自然に持っています。

ところが不思議なことに、時間に対してはまったく違う言葉を使います。

  • ひまつぶし
  • 時間つぶし
  • 暇を潰す

モノには「もったいない」と言うのに、
時間には「つぶす」という表現を使う。

これは、よく考えると少し不思議です。

もし時間が大切なものなら、
なぜ私たちは、それを“潰す対象”として扱うのでしょうか。

今回は、「ひまつぶし」という言葉から、
時間ともったいないの関係をゆっくり考えてみます。


「ひまつぶし」は時間を処理する言葉

「ひまつぶし」という言葉を分けてみると、

  • 暇 → 何もない状態
  • 潰す → 消す・処理する

という意味になります。

つまり、「ひまつぶし」とは

“余った時間を処理すること”

とも言えます。

ここには、

  • 時間を味わう
  • 時間を過ごす
  • 時間を使う

とは違う感覚があります。

まるで“空いた時間”そのものが、
どこか居心地の悪いものとして扱われているようです。


私たちは、暇に少し弱い

なぜ人は、「暇」を潰したくなるのでしょうか。

もちろん、退屈だからという理由もあります。

でも、それだけではない気がします。

暇な時間があると、人は自然と

  • 不安
  • 孤独
  • 将来のこと
  • 考えたくないこと

に触れやすくなります。

静かな時間ほど、自分の内側が見えてしまう。

だから私たちは、無意識のうちに
“何か”で埋めたくなるのかもしれません。


スマホは「ひまつぶし装置」として完成されている

今の時代、暇を潰す手段は無限にあります。

  • SNS
  • ショート動画
  • ニュース
  • ゲーム
  • 配信

スマホを開けば、次々に情報が流れてきます。

しかもそれらは、

「少しだけ見るつもり」

を何度も引き延ばすように設計されています。

気づけば30分。
気づけば1時間。

でも、その時間を強く「もったいない」と感じることは意外と少ない。

なぜなら時間は、

“失っている感覚”が非常に弱い

からです。

食べ物を捨てれば、ゴミが残ります。
お金を使えば、財布が軽くなります。

でも時間は、形がありません。

だから私たちは、
時間だけには少し無防備になってしまいます。


では、「ひまつぶし」は悪いことなのか

ここで誤解したくないのは、

「暇を潰すな」という話ではない

ということです。

人には、

  • 休む時間
  • 逃げる時間
  • ぼんやりする時間

が必要です。

何もしない時間があるから、
気持ちが整うこともあります。

だから、「ひまつぶし」そのものは悪ではありません。

問題があるとすれば、

“自分で選んでいない時間”

が増えていくことなのかもしれません。


「時間を使った」のか、「時間が消えた」のか

例えば、

好きな映画を見て満足した。
友人との雑談で笑った。
ぼんやり散歩して気分が軽くなった。

こうした時間は、一見“生産的”ではありません。

でもそこには、

「自分でその時間を過ごした感覚」

があります。

一方で、

  • 気づけば延々スクロールしていた
  • 本当は別のことをしたかった
  • 何を見ていたかも覚えていない

こうした時間には、

「自分で選んでいた感覚」が薄い

ことがあります。

同じ1時間でも、
この違いはとても大きい気がします。


「もったいない」は、時間の意味を変え始めている

昔の「もったいない」は、

  • 物を粗末にしない
  • 無駄遣いをしない

という感覚に近いものでした。

でも現代では、

  • 時間
  • 注意力
  • 意識
  • 集中力

まで、日々消費されています。

そう考えると、「もったいない」は

モノを無駄にすること

だけではなく、

“自分の時間や意識を、無自覚に明け渡してしまうこと”

にも向けられる言葉になりつつあるのかもしれません。


本当に大切なのは、「何をしたか」ではない

時間の話になると、

  • 効率的に生きよう
  • 無駄をなくそう
  • 生産的になろう

という方向に進みがちです。

でも、このシリーズで考えたいのは、
もう少し静かなことです。

大切なのは、

「何をしたか」より、
「どういう感覚で時間を過ごしていたか」

なのではないでしょうか。

たとえ休んでいても、
ぼんやりしていても、

「今はこれでいい」

と自分で選べているなら、
その時間はただ消えているわけではありません。

逆に、

  • 本当はやめたいのに続けている
  • 本当は別のことをしたかった
  • 気づいたら流されていた

そうした時間が積み重なると、
あとから「もったいなかった」と感じるのかもしれません。


おわりに:「ひまつぶし」は、何を潰しているのか

「ひまつぶし」という言葉を改めて考えると、
私たちは本当に“暇”を潰しているのでしょうか。

もしかすると、

  • 不安
  • 孤独
  • 空白
  • 考えすぎる時間

そうしたものから少し距離を取るために、
“何か”で時間を埋めているのかもしれません。

だから、「ひまつぶし」を完全に否定することはできません。

ただ、ときどき立ち止まって考えてみる。

今、自分はこの時間を選んでいるのか。

その感覚を持つだけでも、
時間との付き合い方は少し変わる気がします。

そしてそれこそが、現代における
「もったいない」の新しい意味なのかもしれません。

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